脂肪由来幹細胞をベースとしたデザイナー細胞による画期的治療の開発

 神経疾患のなかでも患者数が多く、要介護の主な原因となる脳梗塞では、既存の治療法には限界があり、新たな治療戦略の開発が強く求められています。これまでの研究から、脳梗塞後の予後改善には、炎症の適切な制御と神経突起伸張の促進が重要であることが示されていますが、薬剤療法や間葉系幹細胞移植など、これまでに試みられてきた治療法の効果は限定的でした。さらに、近年の報告では、間葉系幹細胞移植に対する治療反応性には大きな個人差が存在することが示されており(Neurology 2021)、脂肪由来幹細胞(ADSC)からのサイトカイン分泌能にも顕著な個人差があることが明らかになっています(Stem Cell Res Ther 2023)。

 我々は、株式会社ASメディカルサポートとの共同研究により、ヒト由来ADSCから分泌されるサイトカインのなかでも、特に肝細胞増殖因子(HGF)の発現に大きな個人差がみられることを見出しました(図1)。さらに、HGF発現が低いADSCでは、マウス脳梗塞モデルにおける麻痺の改善効果が乏しいことも明らかにしています(図2、Manuscript submitted)。同様の傾向は自己免疫疾患モデルにおいても認められており、HGF発現の差異が治療反応性に深く関与している可能性が示唆されます。

 これらの結果から、HGF発現を強化することでADSC本来の治療ポテンシャルを最大限に引き出し、さらに病変部位へ効率よく遊走する能力を高めるような別の遺伝子を組み込むことで、より高機能なADSCをデザインできると考えています(図3)。現在、我々の教室では、このコンセプトに基づき、脳梗塞および自己免疫疾患に対するより効果的な遺伝子改変ADSCの開発に取り組んでいます。


新規炎症制御/神経再生分子の探索と脳梗塞・難治性疾患治療への展開

 我々は既存の分子をターゲットにしたこれまでの脳梗塞治療法の開発には限界があることから、炎症制御や神経突起伸張に関わる新規分子の探索を行ってきました。その一つとしては前述のRSPOと、脳梗塞後の活性化ミクログリアに発現し、TLRによる炎症を制御するRANKL/RANKシグナルを見いだしました。

 さらに、RANKLのRANKとの結合部位のうち、破骨前駆細胞の分化に関与する部位を除いた部分ペプチドが、ミクログリアやMφにおけるTLRシグナルに関する炎症を強力に抑制することを見いだし、脳梗塞急性期の治療薬としての可能性を見いだしました [1-3]。本ペプチドはTLR炎症が関連する敗血症、乾癬、肺線維症でも治療効果を認めており [4-6]、現在、整形外科との共同研究にて、変形性関節症、骨粗しょう症モデルでの効果を確認しています [7,8]。

 また、新たな脳梗塞後の炎症制御分子としてR-spondin3 [9] とFibroblast activation protein(FAP)を発見しました。FAPはDPPファミリーの一つで、もともとは腫瘍微小環境における免疫寛容や、心疾患における線維化に関わる重要な分子であることが研究されてきました。疫学的には、血中のFAP量が少ないと脳梗塞が悪化し、予後も悪いことが報告されていましたが、FAPが脳梗塞治療にとって「敵か味方か」は不明でした。我々はFAPが脳梗塞の炎症を抑制して神経を保護する重要な分子であり(図4)、脳梗塞治療においては”味方”であり、新たな治療標的分子となりうることを見出しました [10, manuscript submitted]。

 これらの発見にとどまらず、多角的な視野から脳梗塞の治療にとって有望な新規分子の探索に取り組んでいきたいと考えています。


腫瘍免疫機構の解明による新規がん治療法開発への挑戦

 がんは免疫システムから逃れるために様々な細胞を利用し、腫瘍微小環境(TME:Tumor microenvironment)とよばれるがんにとって心地よい環境を形成します。TMEでは腫瘍増殖関連因子が産生され、抗腫瘍免疫が抑制されるために、がんがますます悪化していきます。近年、様々ながん免疫療法が開発されていますが、その治療効果は腫瘍微小環境に左右されます。したがって、良好な治療効果を得るためには腫瘍微小環境の免疫抑制性を解除する必要があります。

 我々は腫瘍微小環境の研究により、がん治療の新たな可能性を探求しています。具体的には、免疫賦活剤や分子薬を用いてTMEを刺激し、抗腫瘍免疫の抑制を解除することによって抗腫瘍免疫を増強し、PD-1抗体療法の抵抗性を解除します(図5)。また、全細胞がんワクチンの製剤工程を改良し、自己免疫寛容の解除、抗腫瘍免疫応答誘導を効率的に誘導できる次世代のがんワクチンを開発し、がんの転移と再発を防ぐことを目指しています(図6)。本研究は張今陽が中心に行っています。


図1 ヒト由来ADSCから分泌されるサイトカインの発現量についての図。サイトカインのなかでも、HGFの発現のばらつきが最も大きく、発現が非常に低い細胞もあることが明らかとなった。

図2 HGFの発現が低いADSC(ADSClowHGF)と、高いADSC(ADSChighHGF)の脳梗塞における治療効果の比較。縦軸は麻痺の重症度。HGFの発現が低いとADSCの治療効果がみられない。

図3 遺伝子導入により、ADSCからのHGF発現能を回復させ、ADSC本来の治療効果をより一層高めることを目指します。さらに、脳梗塞部位へ効率よく集積できるよう別の遺伝子も併せて導入し、最大限の治療効果を引き出せるようにADSCを精密にデザインしていきます。


図4 FAPによる脳梗塞後の炎症抑制効果

(Notebook LMを用いて作成し、内容を確認・修正のうえ掲載)


図5


図6

 参考文献・学会発表

  1. Shimamura M, et al. PNAS. 111, 8191-6, 2014.
  2. Kurinami H, et al. Sci Rep. 6, 38062, 2016.
  3. Shimamura M, et al. Sci Rep. 8, 17770, 2018.
  4. Nan J, et al. Immunohorizons. 438-447, 2021.
  5. Nan J, et al. Sci Rep. 15434, 2019.
  6. Nan J, et al. Sci Rep. 12474, 2022.
  7. Fukuda, et al. Arthritis Res Ther. 27, 142, 2025.
  8. Kurihara, et al. Bone. 194:117440, 2025.
  9. Shimamura M, et al. 5: Stroke 2023.
  10. 島村宗尚 他. 第51回日本脳卒中学会、2026年、口演